熊本市地下水保全条例

2018年5月17日 16時07分 | カテゴリー: 活動報告

5月14日から16日まで建設環境委員会で九州の熊本県熊本市、熊本県水俣市、鹿児島県鹿児島市に視察に行ってまいりました。

熊本県熊本市では地下水保全条例について視察しました。

実は三年前にも見に行っている地下水保全条例。

今回は震災を経験したその後も含めてお話を聞いてきました。熊本市は古くから地下水に恵まれており、様々な用途に地下水が利用されてきました。しかし生活水準の向上や経済発展に伴い、需要は年々増加する一方湧水量が減少するなどの障害が生じてきました。昭和48年から49年の二年にわたり県と市が合同で地下水調査が行われます。その結果地下水流出量が涵養量を上回っていることが報告されます。それと昭和50年には水道水源地の近くにマンション建設計画が持ち上がりました。

熊本市の地下水保全活動は、マンションの建設の反対運動をきっかけに昭和51年3月に市議会で決議された「地下水保全都市宣言」に始まります。翌年の52年には「地下水保全条例を」を制定し、地下水保全の組織を億地下水の仕組みなどの調査や地下水利用の実態把握、地下水観測施設の整備を進めていきました。

地下水保全条例は平成19年12月に水質、水量をさらに保全するための全面改正を行いました。その中で地下水は市民の公共の財産として「公水」と位置付けるとともに市民や事業者に地下水保全の節水対策への協力や、年間3万トンを超える地下水をくみ上げる大規模採取者に対しては涵養対策や節水対策を義務付け、それを公表することとしています。更に住宅新築の際に雨水浸透施設の設置なども規定しています。事業者へは一つ一つ事業者へ向かい説明していくことで大きな反発などはなかったそうです。

また、研究結果から熊本市の地下水は熊本市を含む11市町村で共有し、阿蘇の噴火でできた地層が主な帯水層となっていること、熊本市手は年間20億トンの雨が降り、そのうち三分の一の6トンが地下水となる水循環系がなしていること、その6トンの涵養水は水田や畑などが主な涵養域なっており農地が重要な供給源になっていること、地下水は阿蘇外輪から約20年かかり市内まで到達することなどが分かったそうです。このほか地下水の流れや収支、水循環を科学的に解明しています。また、更なる研究も各大学や企業によって続けられています。そして阿蘇火山が4度の火砕流噴火を起こし、それが100メートル以上も暑く降り積もって地下水をはぐくみやすい性質の大地ができたこと、肥後藩主であった加藤清正が水の浸透しやすい性質の土地に多くの水田を開いたことなど、まさに「自然システム」と清正はじめ先人の努力による「人の営みのシステム」が絶妙に組み合わさってできています。

日本最大の自噴井戸もあり、水の大切さを人々が日々感じながら生活しているのではないでしょうか。また、平成19年度からは硝酸性窒素削減対策として家畜排せつ物の過剰施肥を防ぎ適正な処理を図る目的で環境の側面からたい肥センターの整備を進めているそうです。施設周辺の地域住民から反対の声が多かったものの、水の保全ということだけでなく、住環境の整備(たい肥のにおい除去)という観点から説明を行っていったところ声もなくなっていったとのことです。

地震が起こった後は水が出てこなくなるなど、改めて水の必要性を認識し、災害時に迅速に水の確保ができるように企業など87社と「災害用井戸」の協定を締結しています。あらかじめ飲料用と生活雑水とに分かれて表示がされており、飲料用は災害時は水質検査を行った後に給水がされるそうです。

昭島市の状況は地下水保全条例を制定するのは難しいとの答弁ですが、保全のための策をねり、それを市民と共有していくことは改めて必要なことと感じました。