水俣市「環境モデル都市みなまた」についての取り組み

2018年5月17日 18時08分 | カテゴリー: 活動報告

水俣市は熊本県の南端、鹿児島県との県境に位置しています。
水俣川が源流から河口まで市域を貫いて東西に流れています。源流から河口まで一つの水系があるまちというのはかなり珍しいそうです。人口は25000人。高齢化率は35%。森林が市域の75%、うち人工林は95%と、海、山、川の生態系を持つ豊かな自然環境に恵まれた地域です。

水俣と聞くと、やはり公害。学校でも勉強したことを思い出します。チッソ水俣工場からでた工業廃水にメチル水銀が含まれ、それを食べた魚たちの食物連鎖により生態濃縮し汚染された魚を食べた人たちが「メチル水銀中毒症」になったという歴史です。環境汚染、そして食物連鎖という過程で起きた人類初の病気でした。水俣病の認定患者は2282人、うち死亡者は1930人になります(2018年三月末現在)。この世界に例がなかった公害を経験した水俣市は環境の破壊や生命、健康の被害、差別偏見など地域のつながりが崩壊したことなど、様々な課題と向き合わねばならないことになりました。

1977年から1990年までは公害防止事業が行われます。水俣湾の埋め立ては約58ヘクタールにもなります。汚染された土壌が埋められています。約485億円の費用と13年の歳月をかけて行われました。その埋め立てられた土地はエコパーク水俣として生まれ変わりました。私たちが視察に行ったときはバラ園でたくさんのバラが咲いており、とても素敵な場所でした。広大なスポーツフィールドとして活用されており、道の駅も併設され、たくさんの人が足を運ぶ場所となっています。被害者の慰霊碑もあります。

そして、水俣では「もやい直し」というものが行われています。差別や偏見ということで人と人が分断された歴史から、人と人との心のきずなを結びなおそうということから船と船をつなぎとめることを指す「もやい」という言葉を使い、「もやい直し」で地域の再興を目指しています。環境で破壊されたまちという負の遺産、水俣病。その価値を転換し環境でまちを再生し、水俣病をプラスの資産にしていく環境にこだわるまちづくりが進められていきます。

1992年に、水俣市は観光モデル都市づくり宣言を行います。水俣病の経験を貴重な教訓とし、自然の生態系に配慮した環境モデル都市づくりを目指すことを決意し、更に水俣病の教訓を広く世界に伝えていきたいと考えています。そして環境基本条例を制定します。

1994年からもやい直し、2008年には環境モデル都市認定がされます。2009年にはゼロ・ウェイストのまちづくり宣言を行い、2011年に環境都市の称号を獲得します。水俣市のごみ施策は1993年から高度分別が開始されます。捨てればごみ、分ければ資源ということで20種類の高度分別がされています。市内に300のリサイクルステーションがあり(40世帯に一か所)、ステーション管理は地域住民で行い、責任者は地区推薦の「リサイクル推進委員」と「月番」が行います。回収運搬は行政が行います。市民と行政の役割分担でうまく回っています。また、安心安全なものづくりをしているところには環境マイスターという称号があたえられ、商品などにシールを貼ってアピールすることができます。現在は30名いるそうです。

環境モデル都市実現へ向け四つの目標が定められました。

一つは環境配慮型暮らしの実践、学校版ISO、事業所版ISO、家庭版ISOを水俣市独自で作り、環境に配慮した暮らしへの転換、ごみゼロに向け無駄をなくすことを目標としています。またコミュニティバスと自転車のまちづくり、環境マイスター制度、エコショップ認定制度などが行われています。二つ目は環境にこだわった産業つくり。新たな環境ビジネスの創造としてエコタウンの推進、安心安全なものづくりが行われています。三つ目は自然と共生する環境保全型まちづくりとして、自然エネルギーの活用、エコハウスの実践をしています。最後、四つ目は観光学習都市づくりとして環境を学ぶ修学旅行や国内外の研修の受け入れをしています。

さまざまな取り組みで得ることのできた環境都市の称号。「環境」と「経済」の調和した持続可能な地域社会の形成で、負の遺産をプラスの資産に変えている水俣市。環境への意識の高さに脱帽しました。この取り組みの中で昭島市でもまねのできるところはぜひ真似をしていきたいと思います。議会で提案していきたいと思います。