昭島駅と福生駅で行い、合計で74,637円ものお金が集まりました。
本当に本当にありがとうございました。
募金は全ての年代の方がしてくださり、小学生、中学生、高校生もたくさん募金してくれました。かわいいお財布から小銭をだして募金してくれる姿に感動致しました。
全ての人の何か力になりたいという思いは本当に素晴らしい。
大きな力となって被災地に届くよう願います。
さて、昭島生活者ネットワークでは震災直後からアンケート活動を行っております。
そこでは、防災無線の声が聴きにくい(声は、男性より女性が良いそうです。)、正しい情報が素早く下りてこない、昭島市の備蓄はどのくらいあるのか、などなどたくさんの方にご協力いただいており、今もアンケート活動をして、星都議、おおたけ市議へつなげていきます。
そこで一点、気になったことがあります。
市と市民の間で誤解があるのだなと気付きました。
もし、昭島市が災害にあった場合、皆さんは昭島市が備蓄を使って三日間、私たちは救援がくるまでしのげると思っていないでしょうか?
実はこれが大きな誤解なのです。
市は、昭島市が災害にあった場合、救援がくるまで三日間かかります、その間自力でしのげるように各家庭で防災バックなどの準備を怠らないようにと言っているのです。
つまり、私たちは私たち自身で三日間の食料、水、防寒などの対策を取らねばならないのです。
私もすっかり勘違いをしており、昭島市がやってくれるのではなどと考えていましたが、間違いが発覚。危ない危ない。
やはり自分の身は自分で守らないとと、改めて思い直しました。
今こそ防災バックの再度の確認を!
そしてもう一つ、私の両親の実家は茨城県にあり、今回地震があった時両親と姉と甥っ子は実家におり、震度6強の地震が襲いました。家の中はガラスの破片が散乱し、屋根の瓦は落っこちて、地震のあった日は真っ暗ななかとても寒い思いをしながら毛布をたくさん掛けて過ごしたようです。
地震のあった時、テレビがついていて、家の中も電気がついていました。
その後とにかく家(昭島)に帰ろうということになり、姉も自分の家へ戻り、両親もこちらへ戻ってきました。
おとといくらいの話ですが、茨城の実家の近くのお友達が瓦が落ちているので雨が降ると家の中が濡れてしまう思い、屋根にビニールシートをかけにきてくれたようです。
その時、家のテレビはつけっぱなし、電気はつけっぱなしになっており、大変そのお友達は不思議がっていたそうです。
しかし、家族は震災直後、電気も水道も通らないときにこちらへ戻って来ていたので、すっかり電気を消す、という行為を忘れていたそうです。消えているもの消そうと思いませんわね。
うちの失敗例を教訓に、しっかり電気は消しましょう!
そしてやはり、近くの人とのコミュニケーションが大事なのであると改めて思い知らされました。屋根を応急処置に来てくれていなかったら今も電気やテレビはつけっぱなしだったのですから。
やはり、顔の見える関係、ご近所づきあいは災害時に本当に助けになります。
皆さんは、お隣の方の顔をご存じですか??